端午の節句の食べ物は柏餅?ちまき?地域は?意味と由来は?

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端午の節句の食べ物といえば、ずっと「ちまき」だと思っていました。でも、地域によっては、柏餅を食べたり、草餅を食べたりします。「ちまき」を巻く葉っぱも茅(チガヤ)だったり、笹の葉だったり、知ってました?

  

端午の節句の食べ物は柏餅?ちまき?

端午の節句の食べ物は柏餅を食べますか?それともちまきを食べますか?今は柏餅でも、ちまきでもどちらも売られていますよね。自分の好きなものを食べるのがいいでしょう。

柏餅は餅を柏の葉っぱで巻いたもので、すごく柏の葉の臭いがいいですよね。柏の葉の臭いを嗅ぐと、端午の節句を感じるのは私だけではないと思います。

今はそれぞれのお菓子屋さんやパン屋さんがオリジナルの柏餅を作っていますが、本来は上新粉と片栗粉を混ぜて作っていました。柏の葉は新芽が出ないと古い葉が落ちないので、柏の葉には子孫繁栄の意味があります。

端午の節句には「ちまき」もよく食べられます。♪ちまき食べ食べ、兄さんが~ というように、歌にもなっているくらいです。ちまきの方が端午の節句の食べ物としては、主流のような感じがします。

ちまきは上新粉にもち粉を混ぜますので、柏餅よりも、もちのような粘り気があります。ちまきは笹の葉で包んだものです。笹の葉で包んで蒸しますから、笹の香りが素敵です。

端午の節句の食べ物の地域では?

端午の節句の食べ物に地域性はあるのでしょうか?たとえば、端午の節句の食べ物といえば、柏餅ですが、柏餅はおもに東日本で食べられているようです。それでは西日本は何かといえば「ちまき」です。

柏餅とちまき以外にも草餅を食べているところもあります。ちなみに北海道の方では、ベコ餅というものを食べているそうです。べコというのは「牛」のことです。牛が伏せているようなねっとりした餅です。べコ餅は上新粉と砂糖を混ぜ合わせています。もっちりして甘い餅になっています。

そのほか、山形の庄内地方の方では笹巻きという餅が食べられています。徳島県の方では麦だんこが食べられています。鹿児島ではあく巻が食べられています。地方を探せばいろいろと出てきそうです。

端午の節句の食べ物の意味と由来は?

私の生まれたところでは、「ちまき」というと笹の葉で巻いて作っていましたが、「ちまき」の由来としては、茅(チガヤ)の葉で巻いたので、チガヤ巻きからチ巻き、「ちまき」になったと言われています。

今では笹で巻いている「ちまき」もあるし、真菰(マコモ)の葉で巻いているものもあります。子どもの日には、毎年、食べていた「ちまき」ですが、そんな意味もあるとは知らず食べていました。

「ちまき」のようにもち米を植物の葉で包んで、蒸したり、ゆでたりする料理法は平安時代に中国から伝わったそうです。

実は中国の故事のなかに「ちまき」が5月5日に食べるようになった話があります。今からおよそ2300年前に屈原(くつげん)という詩人がいたそうです。屈原は詩人でもありますが政治家でもあります。有能な政治家として多くの人々から慕われていたそうです。

屈原(くつげん)は正義正しい人であったので、王様の乱行を許すことができず、王様を諌めようとしたところ、逆に王様の逆鱗にふれて流刑されてしまいます。それを苦にして、汨羅(べきら)という川に身を投げて死んでしまいます。ちなみにその時に創った長編叙事詩「離騒(りそう)」は中国文学の名作です。

多くの人々は、屈原(くつげん)の命日である5月5日に供え物を川に投げて供養しました。ところがその供え物は悪い龍に盗まれてしまいます。

そこで供え物のもち米を、龍が嫌いな楝樹(れんじゅ)の葉で包み、邪気を払う五色の糸(赤、青、黄、白、黒)で縛って川へ投げると無事に屈原(くつげん)のもとへ届くようになりました。これが「ちまき」の始まりです。5月5日には「ちまき」を食べて、災いを除ける風習が日本に伝来しました。

また、5月5日の子供の日といえば、鯉のぼりです。鯉のぼりの一番上につける吹き流しの色は邪気を払う五色の色になっています。

まとめ

端午の節句の食べ物は柏餅を食べますか?それともちまきを食べますか?今は柏餅でも、ちまきでもどちらも売られていますよね。自分の好きなものを食べるのがいいでしょう。

ちまきは上新粉にもち粉を混ぜますので、柏餅よりも、もちのような粘り気があります。ちまきは笹の葉で包んだものです。笹の葉で包んで蒸しますから、笹の香りが素敵です。

柏餅とちまき以外にも草餅を食べているところもあります。ちなみに北海道の方では、ベコ餅というものを食べているそうです。べコというのは「牛」のことです。牛が伏せているようなねっとりした餅です。べコ餅は上新粉と砂糖を混ぜ合わせています。もっちりして甘い餅になっています。

「ちまき」のようにもち米を植物の葉で包んで、蒸したり、ゆでたりする料理法は平安時代に中国から伝わったそうです。

多くの人々は、屈原(くつげん)の命日である5月5日に供え物を川に投げて供養しました。ところがその供え物は悪い龍に盗まれてしまいます。

そこで供え物のもち米を、龍が嫌いな楝樹(れんじゅ)の葉で包み、邪気を払う五色の糸(赤、青、黄、白、黒)で縛って川へ投げると無事に屈原(くつげん)のもとへ届くようになりました。これが「ちまき」の始まりです。5月5日には「ちまき」を食べて、災いを除ける風習が日本に伝来しました。

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